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2008年10月24日 (金)

あれから四年。

今回はブルーになりたくない方はスルーして下さい。ごめんなさい。

0時を過ぎてしまったら、昨日になってしまったけど。
中越地震から四年が経ちました。

彼女が娘と亡くなって四年です。

大学時代の同級生。学籍番号一番違いで、入学式からお隣さん。

元気で、ユーモアたっぷりで、美人なのに、新潟訛りにちょいずっこけてしまう、誰からも好かれる女の子でした。

学年が進むと専攻が別々なのと、私が芝居ばかりで大学に寄り付かなかった(笑)こともあり、疎遠になってしまったけど、それでもずっと、友人を通してお互いの近況などは伝わっていた。

いつか会いたいね〜って。

毎年、10/23は静かに過ごす。
色々思い出すし、ニュースで必ずあの瓦礫を映すから……。

去年はタバサと二人、軽井沢の地元の公園で散歩してました。

そこでお会いした犬連れのおばさま。

偶然にも山古志村出身の方で、旦那さまは今日は復興式典などを手伝いに山古志に行ってるのよ。とおっしゃってました。

出会いだなぁ…。とすごく感じました。

今年は四年目。

さすがにちょっと冷静。

こんな風に文字に出来るようになるなんて。(笑)

当時、彼女の死は全国中継で知らされたので、日本中の方が語っていました。

それが何故か辛かった。
どこへ行ってもその話題。電車の中でも…。

誰も悪い事を話してるわけでもないし、優しい同情心からなのだけど、見え隠れする興味本位が、耐え難いほど辛く、山手線の電車内で、ポロポロ泣いてしまったこともありました。

普段、私だって、日本のどこかの知らない方の事件や事故の話なら、普通に平気で話しているだろう、他愛もない内容なのに、関係者やそれに近い人って、こんな感情になるんだ…とその時知りました。

もしかしたら、その時の私がちょっと過敏すぎたのかも知れないけど。(笑)

彼女のお葬式は晴れ渡った小春日和で、越後湯沢までしか動いていない新幹線と、チャーターしたワゴンタクシーで。

田中眞○子さんが来られるあたり、新潟なんだな…。と思ったりして。

涙涙の式だったのに、弔電を読む若い葬儀屋の兄ちゃんが、何度もつっかえるし段取り悪いし…。
流れる涙も引っ込むよ!と、睨み気味に後ろを振り向くと、同じ列の反対側にいた眞○子さんも、全く同じタイミングで振り返り、睨んでました。

顔を戻す時、目が合っちゃった。(笑)

ユーモアたっぷりだった彼女は、きっと笑ってたでしょうね。
ゆみと眞○子さん、一緒〜って。

四年経って少し、あのショックと放心から立ち直り、今年は逃げずに話せました。

あまりに理不尽な出来事とあまりに知られ過ぎてる彼女ですが、本当にチャーミングな人でたくましく、瓦礫の中からも自力ではい上がって来る!って本気で信じてた程、生命力に溢れた美しい人でした。

生還した息子は元気にたくましく成長していると聞きます。
心の中で応援して下さい。

自分自身に整理をつけるための〔つぶやきごと〕にお付き合いくださってありがとう。

読んでブルーになっちゃた方にはごめんなさい。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

・・・・そっか。
私も一度は口にした事のあるあの方は
ゆみ姐さんのお友達だったのか。

あのニュースは私もずっと見てた。
私も一応2人の子の母だし。
当時はロビオラはいなかったけど
息子と娘はいたからね。

なので小さい息子を残して逝くのは
どんなに無念だったろうと思うよ。
あの子の記憶に怖い思い出が残らない事を
強く願った覚えがあります。

眞○子さんと一緒のタイミングって(笑)
ゆみ姐さんもかなりの瞬間湯沸かし器タイプだとみた。
4年って事はあの男の子はもう小学生?
強く逞しく育って欲しいね。

投稿: ロビン(の母) | 2008年10月26日 (日) 20時17分

ロビンの母。さま

毎年、この日は静かにやり過ごそう…って気持になって、
テレビとかからも逃げがちになってしまっていたんですが…。

去年、偶然にも山古志出身の方と出会って、公園のベンチでお話しながら
「こんなに逃げてたって、出会うようになってるのか…」逃げてちゃダメだよなって感じさせられました。

彼女が行方不明と分かってから、遺体で救出されるまでのおよそ3日間は、この先、もう二度と味わいたくない時間です。
言葉で表せない衝撃だったので、なんか半年くらいは頭のどこかに空洞があるみたいにボーっとなってたような気がします。

地震って聞くと、今でもドキっとしてしまいます。
仙台の地震の時も、一人あわてて、コメント入れちゃいましたよね(笑)。

来年も静かに過ごすとは思うけど、いつまでもボーっとなってちゃいけないなって、少しはネタにして話してみれば?って彼女だったら言いそうだなぁ~などと思いながら…。

こんなコメントし辛い記事に、ありがとうございます。(笑)
書いてから、少し反省してました。(笑)

投稿: ゆみ姐 | 2008年10月27日 (月) 00時19分

近しい友達を亡くす辛さを共有せずにはいられず、
コメントを寄せさせてもらいました。

なんとも不幸な偶然にあの全国放送で流れた
親子がお友達だったなんて
きっと、信じられないでしょうね。
彼女と娘さんは全国の人々に生と死の尊さを
教えてくれたのではないでしょうか。
身近なゆみ姐さんを初め多くの方が、
いまを生きるという意味を…

私は11月に若くして病死した友の25回忌を
日記に書こうと思ってる時でしたから
反省なんて…
お友達はきっと天空からゆみ姐さんを見てますよ!
「私の事を気に掛けてくれて、ありがとう。
いつも見守って応援してるよ。」って
私は今日この日記を読んで、残された者もヤッパリ
頑張って生きていかなくちゃいけないんだ!と思ったよ。
そして改めて私の友達も
ゆみ姐さんのお友達も心の中に生き続けてるんだと思いました。
今日の日記を読めて良かった。ありがとう。

投稿: かえでママ | 2008年10月27日 (月) 14時03分

かえでママさま

ありがとうございます。
そうなんですよね。私なんかより、もっと身近、親族の方達の悲しみの方がもっともっと強く、でも、生きて生活をして行かなくてはならないから、元気に頑張っておられるんですよね。

私は自分の感情に精いっぱいで、何も出来ずに毎年この日はオロオロしてしまうんです。つくづくダメだなあ…と思ったりして。

普段は全然平気なんですけど、あの日だけは必ずあの場所がニュースで流れるので、一気に思い出して、また気持ちがオロオロしちゃうんです。

彼女の思い出は全部笑い話の中にあるので、(ホントに面白い人なので)
プッって吹き出しちゃうことばかりなんですけどね。

時間はかかりそうですが、いつか慣れて行くでしょうか。

25回忌の日記。
私もその頃には、もっとぴったりな言葉を選んで、素敵な日記を綴れるようになれるでしょうか…。
「まあまあかな」って言ってくれたら嬉しいな。(笑)

投稿: ゆみ姐 | 2008年10月28日 (火) 00時10分

ゆみ姐さんのお友達だったんですね!
きっと、親子でつらい時間を励ましながら最後まで頑張っていたのかと思うと、辛いです。
あの日、あたしの長岡に住む友達も被災、怪我だけで済んで何よりと胸をなでおろしたことを忘れません。

『阪神淡路大震災』で、あたしの友達は被災して大怪我、しかもPTSDになってしまい、未だ苦しんでいます。
彼女が住んでいたマンションは、瓦礫の山となってしまったのだから、無理もないです。
最愛の旦那様を失った彼女、いつか元気になって連絡を来る日を待ってます。

最近、我が家でも震災に備えて、水・お米・レトルト食品そして大事なワン・にゃん食を備蓄しないといけないねって家族で話しています。
近いうちに準備しないとです。

投稿: yuzumama | 2008年10月28日 (火) 20時34分

yuzumamaさま

私も小学校の前半と高校時代は大阪に住んでいたので、阪神の震災の時も他人事では無かったです。幸い知り合いの中には不幸はなかったのですが。
姉の友人は、犬に起こされて、窓を開けた途端の地震で、家が半壊。
開けた窓のお陰で脱出出来た人もいます。
犬は何かを感じたのでしょうか?

いつどこで起こるか判らない災害ですから、備えも必要ですよね。
私も考えなくちゃ。(笑)
犬のグッズも大事ですが、クレートに大人しく入っていられることと、人がいる中でも無駄吠えしないようにしておくことが、災害の場で、犬と人のストレスを軽減すると前に言っていました。
静かにしていれば、飼い主と一緒に避難所にいられるけど、吠えるコは入れないから、別の場所にいなければならない。心配だから車の中で…などと人間も負担が大きくなる…。

う~ん、タバサが心配…。(笑)

投稿: ゆみ姐 | 2008年10月30日 (木) 01時08分

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